ランブル・フィスト 空手・オリンピックへの道

野部優美 月刊少年チャンピオン誌上にて空手漫画「ランブル・フィスト」を連載中。
建部美希 拓殖大学空手道部3年生。女子組手50㎏級全日本強化選手。

野部優美・建部美希対談

【第1回】建部美希選手(女子組手50kg級全日本強化選手)

空手を始めた切っ掛けはなんだったんですか?

もともと兄と姉が空手を習っていたんです。だから物心がつく前から始めてて、気づいたら道着を着て空手をやってました(笑)。

かなり早くから空手を始めたんですね。

はい、たぶん3歳ごろからだと思うんですけど。

最初の試合は覚えていますか?

試合内容はあまり覚えてないんですが、初出場で初優勝しちゃったんです(笑)。

最初に出た試合は何歳くらいだったか覚えてますか?

幼稚園の年長とかですかね?だからまだ出場者も少なく男女混合の試合だったんです。当時から身体が小さかったので、決勝戦の男の子がすごく大きい子だったから、泣きながら試合をしてました。

それで優勝するんですからすごいですよね。

親も「優勝しかあり得ない!」って親だったので(笑)。

建部美希

お父さんのスパルタ特訓がイヤでした(笑)

道場へは週何回通っていたんですか?

週6日です。他の道場にも呼んでいただいていたので、出稽古も合わせたら週6日。それとお父さんとの練習ですね。

自分が通う道場があって、他の道場にも通い、お父さんとのトレーニングもあると。お父さんのトレーニングは週何回だったんですか?

朝と夕の毎日です。朝6時に起きて練習してから学校に行けって(笑)。

なかなかハードですね。幼い頃から空手を続けてて、イヤになったことはなかったんですか?

もういっぱいありました。毎日お父さんと練習をしてから道場に行ってたんですけど、そのお父さんとの練習がすごくイヤでしたね(笑)。あと試合に負けると、大きな紙に半分に線を引いて、半分に悪かったところと、それを改善するにはどうすればいいかを書いて、もう半分には良かったところを書くんですね。それを試合で疲れて帰ってきているのに、試合のビデオを何回も見せられて、半べそになりながら書かされるんですよ(笑)。

まさに空手漬けの毎日ですね。高校は強い高校に入ったんですか?

高校は帝京高校でした。

高校に上がると、体格差などが顕著に出はじめると思うんですけど、高校空手はどうでしたか?

高校に入ったときは、その体格差が恐かったですね。自分はスピードには自信があって、逆にいえばスピードで勝つしかないんです。相手に入られるとパワー負けして何もできないので、相手が仕掛けて来る前に自分から飛び込んで自分の間合いで戦うしかないんですね。でも、飛び込むのが恐くて中途半端に仕掛けては倒されることが多くて、それでケガをして半年くらい空手ができないこともありました。

ケガは試合中、それとも練習中ですか?

練習中です。ケガが治って復帰できたと思ったら、また半年くらいで同じケガをしちゃって。その後もナショナルチームの選考会があったんですが、選考会の前日にもやってしまったんです。でも選考会はどうしても受けたかったので、片手が使えない状態で受けたんですが、やはりダメで。

ケガに泣かされていたんですね。

高校での練習や試合は女子だけだったんですが、拓殖大学は男子の方が多くて男子と一緒に練習や試合をすることもあるんですね。今までは女子の組手にしか興味がなく、試合にいっても男子の試合は決勝戦だけ見て「あっ強いな」って感じだったんです。でもいざ一緒に練習をしてみると、女子の空手とは違った男子ならではの空手があって、その男子ならではの部分を取り入れたらもっと強くなれるんじゃないかって。その部分を取り入れていったら、体格の良い女子選手に対しても結構戦えるようになったんですよ。毎年ナショナルチームの選手を決める選考会があるんですが、自分は大学1年2年と落ちてたんですよ。だから今年を最後のチャンスだと思って男子相手に負けてでも全力でぶつかって練習して今年の選考会に挑んだんです。そうしたら、自分でも「あれ?」って思うくらいに技が決まっていき、ナショナルチームに合格することができたんです。

まさに努力の結果ですね。

でも、ナショナルチームの人たちは自分より技術が上の人ばかりで、練習についていくのが必死ですね。

ナショナルチーム参加への厳しい選考会

選考会は試合の結果で決まるんですか?

そうですね。まず関東で何位までとかの選考基準があり、その選考基準に達している人たちが集められるんです。そこでまずは前年度ナショナルチームではなかった人たちだけで試合して、そこで選ばれた人が決勝トーナメントみたいなものに進み、そこで前年度のナショナルチームだった人たちと戦うんです。

前年度ナショナルチームの人たちはラスボスみたいですね(笑)。それは一日で行うんですか?

はい一日ですね。全国から強い人たちが集まっているので、1試合しただけでも疲れるんですよ。予選でボロボロになってから本戦でラスボス(笑)。

選考会は1日しかチャンスがないわけですよね、かなり苛酷ですね。

予選で鼻血が出て、鼻に詰め物しながら前年度ナショナルチームだった人たちと戦うんですよ(笑)。その場で合格発表もするんですが、勝っても試合中の動きや組み立てとかで、負けた選手の方が上手だった場合は、その人が合格することもあるんです。

勝っても合格が確定するわけじゃないんですね。

だから勝っても最後まで合格したかは分からなくて、名前を呼ばれるまでドキドキしましたね。名前を呼ばれてから「あれ?自分??」って感じでなかなか信じられなかったです。

野部優美

試合前日はプレッシャーで熱さまシートが大活躍!?

高校時代の成績はどうだったんですか?

自分はインターハイ、団体に1年生の頃から出場して、2年生と3年生のとき2位で、毎年決勝の舞台で喜んでいる人を横目で見てたんですよ。

3位ならまだ諦めがつくかもしれないけど、2位は辛いですよね。

だから高校時代は優勝することができなかったので、大学では優勝したいなぁって。

小さい頃から全国大会に出てたから、常に全国ってビジョンはあったんですか?

そうですね。全国大会に出るのが当たり前で、そこからどこまで上がれるかって感じでしたね。小さい頃から親だけでなく周りからも「今日もどうせ優勝するんでしょ?」とか「型も組手もできていいね」ってそういうことしか言われてなかったので、小さいときからプレッシャーがすごくて、試合の前日は毎回熱が出てましたね、知恵熱ですけど(笑)。38度くらいあっても親は試合を棄権するのは許してくれないので、自分の出番がくるまで額には熱さまシートを貼って、試合直前に剥がすってことが毎回でしたね(笑)。

優勝したら熱は下がったんですか?

下がりました(笑)。

普通の人には分からない、一流選手ならではのプレッシャーだったんですね。

小学6年生で全国優勝したときも、試合前は熱があったので「そんなことじゃ1回戦負けだぞ」って言われ泣いてたんです。でも、優勝して観客席を見渡しお父さんを見つけて何か言ってくれるって期待したら「当たり前だよ」って(笑)。でもその後にはちゃんと褒めてくれましたけど、第一声は「当たり前だよ」でした。

ちなみに自分が一番得意な技はどの技ですか?

逆上段突きです。自分から飛び込む感じが好きですね。蹴りをすると一本足になってしまうので、倒されることが多くなるんですね。倒されて技を決められると3ポイント取られてしまうんですよ。その危険性があるので自分は一つ一つ確実にポイントを狙いたいんです。

お父さんは、自分の良き理解者であり精神的支柱

オリンピック候補種目として空手が挙がっていますが、決まった場合、ルールは体重別になると思いますか?

細かいルールが決まってないので、無差別っていう噂もありますが、たぶん体重別かと。オリンピックが開催される年は、自分もまだまだ続けられている歳なので、出たいなって思いますね。

オリンピックがあるからには出場したいし、出場するからにはメダルを取りたいですよね。

はい、今回ナショナルチームに入るまでは、オリンピックに出たいけど自分は背も低いし無理だろうなって思っていたんです。でもナショナルチームに選ばれて自信もついたのか「あれ?自分行けるんじゃない!」って(笑)。

それはそうですよね。夢だったことが現実味を帯びてきたわけですからね。

親も、自分の試合や成績を楽しみに生活している感じなので、大学の試合も全部観に来てくれるんです。試合数も結構多いので観に来られない親も多いんですが、自分の親はどこいっても来ますよ(笑)。

自分の一番の理解者であり、建部さんの空手の道を開いた人ですからね。

小さいときからお父さんに習ってきたようなものなので、お父さんが試合に来てるのと来てないのでは、気持ちの落ち着きが全然違うんですよ。

お父さんが精神的支柱になってるわけですね。

大会のときは監督がついてくれるんですが、試合になると観客席で観ているお父さんを探しちゃうので。会場ではお父さんの声は聞こえないんですが、お父さんからのアドバイスは仕草で決められているんですよ、コウしたらコウだって。まさにブロックサインですよね(笑)。

親子の絆ですね。周りもオリンピックで盛り上がってるんですか?

大学卒業したら引退しようと思っていた選手も、空手が候補になって続けることにしたって選手も多いですし、空手人口も増えてますよね。ルールもオリンピックに向けて改善されていって、みんながオリンピック正式競技を目指して頑張っている感じです。

体重別になったとして、自分の最大のライバルはどの選手なんですか?

ライバルもなにも、自分の階級はナショナルチームには3人いて、他の2人に対し自分は歯が立たないんですよ。

では同じ階級の相手がライバルというわけですね。

ナショナルチームの人は常連の人が多くて、練習メニューもある程度把握しているんです。だから練習も自分から動いていくんですけど、自分は高校3年生以来だったので、練習の流れにちょっと戸惑うんですね。しかも監督やコーチも選手全員が練習メニューを分かっている体で話すので、メニューを発表したら「いつも通りね」って始まるんですよ。自分は常連選手の動きをみて「こうかな?」って思いながら練習しつつ、それを自分の動きにしなければいけないので、時間が掛かってしまうんです。合宿中は、体力より技術面でついていくのに必死で、同じ階級同士で試合をするんですけど、4対1とかでボロ負けです。だからオリンピックに出たいけど、まずこの人たちに勝つところから始めないとって感じですね。

では、最後にオリンピック種目に向けての空手の良いところを教えてください。

空手は楽しいというのもありますが、自分が一番いいなと思うのは、空手は礼儀を重んじるスポーツなんです。練習前に正座をして黙想し、気持ちを清めてから練習を始めて、終わった後も道場に一礼する。試合会場でも素行の悪い人は絶対にいないし、礼儀がしっかりしてないと試合でどんなにいい結果を残しても、選手に選ばれないことが当たり前なので、そういうところが空手の良いところだなって思います。また、自分のような小柄な選手でも頑張れば色んな舞台に立てるので、すごく楽しいですね。

本日はありがとうございました。

野部優美 建部美希 メイン画像

野部優美 月刊少年チャンピオン誌上にて空手漫画「ランブル・フィスト」を連載中。
福岡蓮 法政大学空手部2年生。男子組手84㎏超級全日本強化選手。

野部優美・福岡蓮対談

【第2回】福岡蓮選手(男子組手84㎏超級全日本強化選手)

空手を始めた切っ掛けを教えてください。

5歳のときから始めたんです。そのとき格闘技番組が流行っていて、空手出身の選手が試合をしてて「俺も空手やる!」って言って始めたのが切っ掛けですね。

『K-1』とかの時代ですね。空手は町道場で習ったんですか?

そうです。近くの道場に入ったんですけど。

流派は何だったんですか?

糸東流なんですけど、実は自分が思っていたのと全く違っていて、最初はすごく辞めたかったんです(笑)。

どういうイメージを持っていたんですか?

瓦割りとかをやる極真系をイメージしてたので、まったく違って(笑)。

自分の中で思っていた空手とギャップがあったわけですね。

最初に入ったときに気づいたんですけど、それでもその道場には、中学校まで通ってました。

空手を始めたときのイメージが違っていたのに、今でも続けられているモチベーションは何だったんですか?

最初は試合に出てもまったく勝てなかったので、すごく辞めたかったんです。でも父親に説得されて続けていたら、ちょっとずつ勝てるようになっていって、小学校4年生のときに初めて全国大会に出られたんです。でもそこで全国の壁的なものにぶつかったんですよ。でもそれが逆に燃えたというか「全国でも勝てる選手」になるって考えるようになったんですね。それがモチベーションだったのかもしれないですね。

負けん気というか悔しい気持ちが空手を続けさせたんですね。

小学生のとき全国大会へ行けたのはその1回だけで、次に出れたのが中学3年生の最後の大会でした。その大会では「自分でも結構いける!」ってそれなりの自信もあって挑んだんですがベスト32位止まり。これじゃ日本一にはなれない、なら覚悟を決めるしかないって思い、山口県から山梨県の航空高校に進んだんです。

野部優美

日本一を目指し、親元を離れ山口から山梨の空手の強豪高校へ

中学校には空手部はなかったんですか?

ないですね。県内の高校からも誘われていたんですけど、どうせならもっと自分を追い込んでみようと思って。ちょうど山梨の高校からも誘いがあったので、山梨に行ったんです。

航空高校ってたしか空手の名門校ですよね、稽古の厳しさはどうでしたか?

最初は死ぬかと思いました(笑)。毎日がしんどい上、寮生活なので、洗濯などの生活周りはすべて自分でしなければならないので。しかも練習がキツイのもあって。また、自分より実力が上の選手ばかりいましたね。でも同期に仲の良いヤツがいたので、一緒に頑張れたっていうか。すごくいい高校時代でしたね。

名門校だと上下関係とかには厳しかったんじゃないですか?

航空高校を選んだ理由の1つでもあるんですが、上下関係がすごく良い感じなんですよ。もちろん最低限の上下関係はありますが、先輩から無茶な命令をされたり、しごかれたりとかはなかったので、良い環境でしたね。

高校時代の成績はどうだったんですか?

1年の最後の大会でレギュラーに選ばれたんですけど、2年生の最初にレギュラーから落ちたんです。それが高校時代の挫折じゃないですけど、せっかく勝ち取ったレギュラーからすぐに外れたのでへこみましたね。でもそれから頑張って、またレギュラーになれて、2年の夏のインターハイ団体で2位になったんです。それで、3年生が抜けて新チームになってからの2年生の最後の選抜でやっと団体日本一になれたんです。自分の夢が叶ったうえに、空手部が創部して初めての日本一、さらに自分の同期が個人でも優勝して、最高の選抜になったんです。それで3年の最後のインターハイに挑んだんですが個人、団体とも2位で、嬉しい反面、悔しさの方が強くて。その大会を最後に高校の空手を引退したんです。

でも日本一は経験できたんですね。

2年生のときの選抜は、今まで空手をやってきた中で一番大きかったですね。

それだけの実績を残していれば色んな大学から声が掛かったんじゃないですか?

そうですね。実は高校に入る前から高校では日本一を目指して空手一筋で頑張るけど、逆に大学では勉強の方に専念するって決めてたんです。大学は将来に繋がるじゃないですけど、空手もするけど勉強も本気でやりたかったので、色々な大学から声を掛けていただいたんですけど、今の法政大学を選びました。

高校のときは空手のことを考えて高校を選んで、大学は将来性も考えて選んだわけですね。では高校とは違った練習のペース配分になっているんですか?

スポーツ推薦で大学に入ったとはいえ、勉強を疎かにはできないので、勉強が自然と最優先になってしまうんですよね。逆に練習時間も高校にくらべたら圧倒的に短いですけど、大学でも先輩や後輩、同期にも恵まれてて、効率よく練習できてるって感じです。

大学に入ってから気づく突き技の重要性(笑)

今、階級は84kg超級ですが、無差別級に近いですよね?

そうですね。国内試合なら自分はガタイがある方なんですが、国際試合だと自分が一番小さいんですよ。

福岡さんの身長と体重はどのくらいなんですか?

身長は179cmで体重が85kgですね。

84kg超級の中では一番下ですよね。

でも体重が軽い分、スピード的には有利なんですが、身長差がキツイですね。海外の選手は自分より大きな選手ばかりなので、いつも通りの試合が逆にできないというか。

例えばちょっと減量して1階級落とすって考えはないんですか?

去年までは1つ下の階級だったんですよ。

では今の階級にしたのはどうしてなんですか?

84kg以下で感じたのは、スピードがある選手はこの階級でも多いんですよ。でも逆に1階級上げると、自分のスピードでも84kg超級では速い方になるんですよ。とはいえ戦いやすくなるかといえば、スピードで上回っても距離とかもあるので、やっぱり戦い方が違ってくるんですよね。

84kg超級の方が自分の水に合ってる感じなんですか?

これから合わせていくって感じですね。まだこの先もあるので、この階級で戦えるようにしないと。

一番得意な技はどの技ですか?

中段蹴りが一番得意ですね。蹴り技って見た目が派手だから、決まったら「おぉぉ」ってなるし、それが好きで(笑)。しかも突き技だと1ポイントですが、上段蹴りなら3ポイント、中段蹴りなら2ポイント入るんですよね。戦う方としても高ポイントが狙えるし、観てる方も面白いなって思うんですよ。高校までは蹴り技メインで勝ってきたんですが、大学に入って感じたのは、ものすごく基本的なことなんですが、突き技って大事だなって(笑)。勝ち上がれば勝ち上がる程、ディフェンスや時間の使い方が上手くて、リードされたら取り返すのがきつくて。そうなると尚更蹴りなんて無理じゃないですか。ってなると突き技が大事だなって。今、ものすごく感じていますね。突き技などで1ポイント1ポイント確実に刻んでいかなきゃ勝てないんですよね。

今までの試合で自分の中のベストバウトってありますか?

印象深いのは、やっぱり高校の選抜で優勝したときの試合と、3年生最後のインターハイ予選の準決勝ですかね?

なぜインターハイ予選の準決勝なんですか?

個人戦は予選2位までが全国へ行けるんですね。だから準決勝で勝つか負けるかで、大きく違うじゃないですか。試合のときの感覚って覚えてるもんなんですが、準決勝のときは逆に何も覚えてなくて。

それに負けたら終わりってプレッシャーもあったんでしょうね。

そうですね。3年の最後の大会なので負けたら個人最後の試合だっていうのもあったんでしょうね。

試合中「今日は調子良いから行けそうだな!」って予感はあるものなんですか?

ありますね。余裕があるっていうんですかね?ポイントを取られても「まだ行ける!」っていう気になったときは、ホント調子が良いんですよね。でも調子が悪いときは取られたら「あぁどうしよ…」ってなるんですよ。上手く説明できませんが、自分への問いかけが噛み合ったときは、調子良い気がします。

福岡蓮

自分の最大のライバルは、高校時代の同期!

空手がオリンピック種目候補に挙がっていますが、福岡さんはオリンピックを意識していますか?

オリンピックという目標はありますが、自分の実力ではオリンピックって口に出せるレベルじゃないので、まだまだ遠い先って感じですね(笑)。

特別意識しているわけではないと?

全く意識してないって言った方がいいかもしれないですね(笑)。

ですが自分が意識しなくても、周りは盛り上がってるんじゃないですか?

大学のOBの方からは「目指せよ」って言われるんですけど。でも自分の中では大学の試合や国内試合で結果を出し、国際大会でも結果を出すことから始めなきゃいけないので。

自分の中でライバル選手っていますか?

ライバルというか、一番仲が良くて意識しあってるのは、高校の同期で今は帝京大学にいる中村良太って選手ですね。彼がキャプテンのときに選抜で日本一を取ってるんですよね。さっきのインターハイ予選の準決勝で戦ったのも彼なんですよ(笑)。常に2人でチームを日本一にするって考えていたので、今年のナショナルチームには彼も選ばれていて、階級は違いますがまた一緒にやれるという嬉しさはありますね。でも、試合になったら彼より良い成績残そうって感じには自然となりますよね(笑)。

良い意味でそれはなりますよね。

そうですね。空手から離れれば仲も良いですし、一緒に戦うときは頑張ろうって思いますが、個人戦になったら「絶対アイツより上に行く!」ってなってしまうので。とにかく彼からは一番良い刺激をもらいますし、ライバルというか一番良い関係にはいますね。

勝ったときの快感は、何ものにも代え難い瞬間!

最後に空手の良いところを教えてください。

勝った瞬間は何ともいえませんよね。礼儀正しいところはもちろんなんですが、自分は勝った瞬間が快感ですよね。あの瞬間は何度でも味わいたいほどの快感ですよね(笑)。勝った瞬間、コートの上に自分が立っているっていうのが、言い表しがたい喜びですよね。

もしそれがオリンピックの舞台だったらどうなるんでしょうね?

そしたら死んでもいいかも知れません(笑)。日本一取ったときでさえ「どうなってもいいやっ!」って思いましたし。それがオリンピックだったら、もうどうなるか分からないですよね。そもそも試合前にコートに立てた時点で何とも言えなくなってると思いますね。

本日はありがとうございました。

野部優美 福岡蓮 メイン画像

野部優美 月刊少年チャンピオン誌上にて空手漫画「ランブル・フィスト」を連載中。
五明宏人 帝京大学空手部3年生。男子組手67㎏級全日本強化選手。

野部優美・五明宏人対談

【第3回】五明宏人選手(男子組手67㎏超級全日本強化選手)

空手を始めた切っ掛けを教えてください。

もともと父も高校までですが空手をやっていたんです。それで兄と姉も空手をやっていて、父に「お前もどうだ?」って言われ、小学1年生のときに始めたのが最初です。

何人兄弟なんですか?

3人兄弟の自分が一番下です。

たしかお姉さんもナショナルチームのメンバーですよね?

はい、姉もナショナルチームですね。

ではお兄さんとお姉さんの影響もあって空手を始めたんですか?

そうですね。スポーツをやらせるなら当然「空手だろ」って(笑)。

空手は近所の道場に通っていたんですか?

最初は道場に通っていたんですが、父が道場を作ることになって、それからは自宅というか父の道場で習ってたんです。なので父が道場主であり先生でしたね。

空手をするには良い環境ではありますね。

そうですね。でもその分、周りより厳しくされましたから(笑)。

流派は何になるんですか?

帝京大学と同じで、松濤館です。

道場練習の他に何かやっていたトレーニングはありますか?

中学時代は学校から帰ったらランニングをしてました。あと父が作った巻藁を突いてましたね(笑)。

自宅に道場があり、庭には巻藁があるという空手環境だったわけですね?

はい。だから今でも兄姉もずっと空手を続けています。

空手を辞めたときの自分が想像できないですよね(笑)

高校は御殿場西高校ですが、もともと出身はどちらなんですか?

神奈川県の横浜だったので、高校から寮生活でした。

ではお兄さんもお姉さんも高校時代は寮生活だったんですか?

兄も同じ高校だったので寮生活でしたね。姉は神奈川県内の学校だったので始めは自宅から通ってたんですが、朝が早くて大変だったらしく、寮に入った方が楽になるってことで、姉も寮生活に切り替えました。

今でもお兄さんやお姉さんと練習することはあるんですか?

自分が長期の休みで実家に帰ったときに、兄と姉の休みが重なれば道場で一緒に練習することはありますね。あと兄も姉も同じ帝京大学だったので、たまに練習に顔を出しますし。

小さい頃から空手を始めていて、辞めたくなったことはありましたか?

思ったことはありましたね。でも家が道場だし、高校や大学は推薦ですから、辞めたくても辞めれない状況ですよね(笑)。仮に辞めたとしても、勉強してきたわけでもないので、空手辞めちゃったら自分は何もできないんじゃないですかね?結局、自分には空手しかないので(笑)。それを自覚しちゃうと「頑張るしかないっ!」って気持ちになっちゃいますよね。

空手以外のスポーツに興味はなかったんですか?

やりたいとは思いましたが、どれもあまり向いてないんですよ(笑)。特に球技とかは向いてなくて。その時点で自分には空手しかないなって。

野部優美

長所を伸ばす練習が功を奏しナショナルチームへ!

小さい頃から試合には出てたんですか?

小学2年生のときに初めて全国大会に出ましたね。

すごく優秀だったんですね。

いえいえ、身体が大きい方だったので最初は勝ててたんですよ。でも学年が上がるにつれて周りも身長が伸びてきたので、勝てなくなってきて。だから小学生のときは、始めたころ以外はこれといった成績を残せなかったですね。

2年生のときの成績はどうだったんですか?

全然ダメで2回戦負けです。

でも空手を始めて一年で全国大会出場はすごいですね。

その後、全然勝てなかったんですけどね(笑)。

勝てなかった時期はどのくらいまで続いたんですか?

中学2年生までは、まるっきり勝てませんでしたね。でもそこから少しずつ勝てるようになってきて、中学3年生の最後の大会で全国大会に行けたんです。そこで御殿場西高校の先生から声を掛けてもらいました。

中学までは道場での練習だったと思うのですが、高校での練習はどうでしたか?

中学までは18時~21時までの3時間だったんですが、高校に入ってからは練習時間が長く、空手漬けの毎日で厳しかったですね。

道場と大きく違っていた部分はありましたか?

そうですね。短所を補うのではなく、長所を伸ばすような指導方法でした。

それはどんな練習でしたか?

自分はパワーやスピードはないですが、リーチや間合いの取り方には自信があるんです。だから相手が嫌がるというか、相手の間合いやタイミングを外しつつ、自分の間合いで戦えるような練習をしてました。

得意技というより戦法に磨きを掛けたわけですね。その指導方法がナショナルチーム入りに繋がったのだと思いますが、実際、高校時代の成績はどうでしたか?

個人戦では全国選抜大会で3位、東アジア大会で3位。団体戦では全国選抜大会で2位、インターハイでは3位に入りました。でも日本一になれなかったのが悔しかったですね。

ナショナルチームに選ばれたときのお父さんの様子はどうでした?

ナショナルチームに受かったことを父に報告したら普通に「あぁおめでとう」って(笑)。考えてみれば姉が先に選ばれていたので喜んではくれてたんですが、家族初ではない分、喜びが薄かったというか、自分でも「まぁそんなもんかな」って(笑)。

勝ちへの貪欲な気持ちが強い方が勝つ!

帝京大学に誘われたときは、高校のときと同じで迷わず決められたんですか?

そうですね。むしろ「入りたい」って気持ちが強かったですね。帝京の先輩方には日本チャンピオンや世界チャンピオンが多く、自分も帝京大学に入って、高校時代には成しえなかった「日本一になる」って気持ちでしたからね。あと兄と姉も帝京大学だったので練習メニューなども二人から聞いていましたから。

帝京大学での練習はどうですか?

高校時代は空手漬けの毎日だったんですね。大学では練習時間が2時間半ぐらいで短時間集中練習なんですが、空手のためになる練習ばかりなんです。高校時代は競技としての空手でポイントを取りに行く練習だったので、それが帝京大学に入ってからは空手の神髄というか、本当の空手を知ったって感じですね。

大学での空手の方が自分の水に合っているわけですね。

そうですね。自分は攻めが得意なスタイルではなかったんですが、帝京大学は「攻めて攻めて勝つ」というスタイルなので、それを学ばせていただいて、今では昔と違って攻めてポイントを取りに行くようになりました。

大学に入ってからの成績はどうです?

大学に入ってからは、今年は関東の個人戦で3位、去年は2年生で全日本の個人戦でベスト8とシニアのアジア大会で3位ですね。去年の関東の体重別では1位になったんですが、全国や国際大会での1位がないので、そろそろ狙って行きたいですね。

自分に足りないモノは何だと思いますか?

気持ちですかね。相手との攻防や駆け引きなどもありますが、最終的には気持ちが勝敗を分けると思うんです。相手に対しどこか気持ちが負けてるから、勝てないんじゃないかと。

今までのベストバウトはありますか?

去年のアジア大会の3位決定戦ですね。

どういった試合だったんですか?

ポイントで負けていたので攻めたんですが、相手に逃げ回られてポイントが取れなかったんです。でも最後まで諦めずに攻め続けて、ラスト0秒くらいに中段回し蹴りが決まったんですよ。それがポイントになって、引き分けになり判定で勝つことができたんです。

なんともドラマチックな展開ですね。

相手に気持ちで負けてなかったから勝ったんだと、まさに実感できた試合でしたね。

五明宏人

夢は教師になって生徒に空手を教え、その教え子が日本一になること!

空手がオリンピック種目候補に挙がっていますが、五明選手はオリンピックを意識していますか?

意識はしてますね。高校時代の同期から「オリンピックに出れるの?」とか「大会出たら頑張れよ」とか言われるんですが、そこで「いやぁ~オレは出れないよ」とは言いたくないですよね。だから自分に発破を掛けて、目指してるって感じですね。

今、一番意識している選手は誰ですか?

そうですね、同じ大学内でも強い人が多く、自分の同期でも三浦銀太や宮﨑佑介が、同じナショナルチームに入っていて同じ階級なんです。だからお互い切磋琢磨すると同時に彼らがライバルでもありますね。あと外部の人では、自分と同じ階級に出場した篠原浩人選手ですね。篠原選手に勝たないと今年開催される世界大会に出場できないので、その篠原選手を一番意識してます。

手合わせしたことはあるんですか?

去年二度戦って、アジア選考会のときは勝ったんですが、その後の国民体育大会のベスト4を決める試合では負けてしまったので、今のところ一勝一敗ですね。

大学卒業後の将来的なビジョンはありますか?

医療技術学部を専攻しているので、スポーツ医療とかトレーナーなどの勉強をしているんです。自分としては体育の教師になりたくて、高校で生徒達に空手を教えたいんですよ。

大学卒業後も、何らかの形では空手には携わっていきたいんですね。

自分が世界一になって、卒業後、教師になって生徒に空手を教え、その教え子が世界一になってくれたら嬉しいなって。たぶん空手を辞めても、またやりたくなると思うので(笑)。

最後に空手の良いところを教えてください。

みんな言うと思うんですが、勝つことだけじゃなく礼儀や礼節を学べるところが空手の良いところだと思います。

本日はありがとうございました。

野部優美 五明 メイン画像

野部優美 月刊少年チャンピオン誌上にて空手漫画「ランブル・フィスト」を連載中。
山田沙羅 大正大学空手部4年生。女子組手55㎏級全日本強化選手。

野部優美・山田沙羅対談

【第4回】山田沙羅選手(女子組手55㎏超級全日本強化選手)

空手を始めた切っ掛けを教えて下さい。

両親が格闘技をやらせたかったみたいで、あまり覚えてないですけど、小学校1年生のときに「空手か柔道、どっちがやりたい?」って聞かれて、「空手がいい」って選んだみたいで、それが切っ掛けですね。

近所には道場があったんですか?

小学校の体育館でやってるような小さなところでしたけど。

その流派は何だったんですか?

剛柔流です。

空手を始めてみてどうでしたか?

最初は習いごと感覚で真剣にやらず、雨が降ったら道場には行かないとか、ちゃらんぽらんでしたね(笑)。でも、4年生のときに初めて出場した試合で3位になれたんです。それが嬉しくて、そこから「どうせやるなら日本一になりたいな」って思うようになって本気で空手を習うようになりました。

試合で勝てたことで空手に対する意識が変わったんですね。

そうですね。それで5年生のときに初めて全小(全日本少年少女空手道選手権大会)の東京都予選に出たんですが、予選ベスト8だったんですね。でもそのとき全国大会で優勝した子が、以前に勝ったことがある相手だったので「あの子に勝ったことがあるから優勝できる!」って思ったんでしょうね(笑)。それからさらに練習に熱が入り、次の6年生のときに全国大会で優勝したんです。

本気になって2年目で全国大会優勝ですからね。もともと才能があったんですね。

4年生までは何にも考えてなかったんですけど(笑)

野部優美

全国大会三連覇が中学高校時代の最大の目標

道場稽古以外にも練習はしてたんですか?

5年生ぐらいのときからは、出稽古に行かせてもらったり違う支部の道場にも通わせてもらっていたので、ほぼ休みなしの練習の毎日でしたね。

6年生で日本一になって目標を達成したわけですが、そこで燃え尽きたりはしなかったんですか?

自分が尊敬しているこの大学の空手部のOGに藤原菜希先輩って方がいるんですけど、その人は中学の全国大会を三連覇しているんですね。じゃあ自分も三連覇を目指そうって。

新たに高い設定をしたわけですね。

でも1年と3年のときは優勝できたんですけど、2年のときは準優勝で、三連覇できず間が抜けちゃったんですよ(笑)。なら今度は高校で三連覇を目指そうって。高校での三連覇は藤原先輩もできなかったし、たぶん誰も達成していないと思うので、自分がやろうと。

高校はどちらに進まれたんですか?

帝京高校です。帝京高校の監督さんが世界チャンピオンで、監督が「1年生から優勝させます」って言ってくれたので決めました。

帝京高校の練習はどうでしたか?

やったことがない練習ばかりで、何回も辞めたいと思うくらいきつかったですね(笑)。

そんな環境の中、試合の成績はどうでしたか?

三連覇目指して挑んだんですけど、1年のときに準優勝と1発目からダメでした(笑)。

三連覇という目標があっての1年目での準優勝は辛いですね。

でも、そのとき初めて実力の差を見せつけられたっていうか、戦っていて「こりゃダメだ」って思いましたね。

納得の負け方だったということですか?

はい、圧倒的に向こうの方が強かったんですね。

負けてから、練習なり心境なりで変わった部分はありますか?

完敗して悔しかったんですけど、監督に「2位は負けの代表」って言われたんですが、「1年生でそれになれたのはすごいよ」とも言ってもらえて、2位で悔しいっていうよりは嬉しくて、「2年、3年で勝てばいいや」って、逆に開き直った感じでしたね。

開き直ってテンションを上げていったわけですね。

そうですね(笑)。

その次の年、2年生のときはどうだったんですか?

その後は、2年生のときにインターハイと選抜で優勝して、3年生でもインターハイ優勝しましたね。団体では2位で、後輩達は大泣きしてたんですけど、自分はインターハイの決勝のコートに立てたので、2位でも満足でしたね。もちろん優勝したかったですけど。

おおむね自分の理想通りの結果を出せたわけですね。

そうですね。このチームの仲間とできてホント良かったなって。

大学では優勝は自分のためでなく監督のためにしたかった

そして大学進学となるのですが、何故大正大学だったんですか?

自分が目標としてた藤原菜希先輩がここの卒業生だったので、今度は大学で日本一を目指そうと思って。また女子の監督も全日本で優勝していて、素晴らしい指導をしてくれる方だったので、入らせてもらったんです。

成績はどうだったんですか?

1年から3年まではベスト8が多く、良くて3位だったんです。去年やっと関東大会で優勝できたので、その勢いに乗って全日本(全日本学生空手道選手権大会)も取れると思ったんですが、ベスト8で負けてしまったんですね。「もう勝てないのかな」って思ってたんですが、大正大学の人たちや道場や他大学の人たちが応援してくれて、7月3日の最後の全日本で、やっと優勝できました。

4年目にして優勝できたわけですね。

はい、毎年勝てなくて、ホントに悔しい思いばかりしてきたんですけど、ようやく優勝することができました。大正大学としては8年振りの優勝で、その8年前が藤原先輩だったんです。

悔しい思いをしてきたわけですから、そうとう練習したんじゃないですか?

そうですね、でも大学では、空手をイヤだなって思ったことは一度もないんですよ、高校時代と違って(笑)。大学もきついんですけど、自分を拾ってくれた監督を日本一にさせたいって思いがあったので。

自分のために優勝するのではなく、監督のために優勝したかったわけですね。

はい、そういう気持ちで4年間ずっとやってきて、優勝して監督と抱き合いたいし、監督を胴上げするのを目標にやってきたんです。

それが3年生までダメだった4年目、最後の年に叶ったんですね。

はい、自分でもよくやったなって感じですね。

ナショナルチームへは、いつから入っているんですか?

自分は高校生のときはジュニアで2年3年と入って、大学は2年からずっと入ってます。でもナショナルチームって帝京大や近大が多く、大正大の自分にはアウェイ感が強くて(笑)。でも今年は高校時代の後輩の建部美希が入ってきてくれたので嬉しいし、心強いですね。

山田沙羅

自分の中の課題を一つ一つクリアして行き、自信をつけたい

自分の得意技は何ですか?

得意技というか、自分はカウンターを主体とした戦い方を好むんですね。だから攻めるタイプでなく待ちの組手なんですけど、大学空手では待ちでは勝つのが難しいんで、蹴りの練習を中心に攻める練習をしはじめたんです。その効果もあってか、先日の全日本では蹴り技をメインに戦い、準決勝、決勝では蹴りが決まって勝っているんで、練習してきたことが活かせたかなって。

今では蹴りが得意になったわけですか?

そんなことはないですけど、そんな蹴りある人だっけと言われますね(笑)。

空手がオリンピック種目候補に挙がっていますが、山田選手はオリンピックを意識していますか?

オリンピックを目指したい気持ちはあるんですけど、まだ実感がないんです(笑)。みんなオリンピックで優勝することを目標にしてると思うんですけど、自分はまだ達成してないことがたくさんあるので。全日本ではやっと優勝したって感じなので、今年は11月にオーストリアで世界大会があって、12月には全日本選手権もあるので、まずはそこで優勝してからですね。特に全日本選手権は、 高校のときから高体連(全国高等学校体育連盟)の枠で出てるんですけど、ベスト8までなんですよ。オリンピックを意識する前に、全日本選手権で優勝するなど、自分の中の課題を一つ一つクリアして行って、自信をつけていきたいなって。

決勝戦の相手がお互いに知りすぎて、まったく緊張せず!

今まで一番思い出に残っている試合はありますか?

今まで日本一になってきた試合全部が嬉しいんですけど、一番思い入れがあるのは、先日の全日本ですね。今までは勝ち続けていて、勝つのが当たり前みたいな感じだったんですけど、大学に入って3年間、負け続けていたどん底からの優勝だったので、諦めないでやってきて良かったなって。優勝した瞬間は夢みたいで、コート上で真っ白になりました(笑)。

やはり決勝戦では緊張しましたか?

それがあまりしなかったんですよ(笑)。決勝の相手が同志社大学の東海選手だったんですが、すごく仲の良い子でナショナルチームでも同じ階級で何度も戦っていて、お互い手の内が分かってるんですよ。だからまったく緊張しなくて(笑)。

ではある意味、本来の自分を出しながら戦えたわけですね。

そうですね。普通の試合って、「勝負始め!」で勝負が始まるんですけど、海外だと始まってから握手というか「よろしくお願いします」って意味でタッチをすることがあって、それを東海選手から「やろう」って言われて(笑)。でもそれって信頼関係がないと、その間にバンッてやられるかもしれないじゃないですか。だから絶対にそれはナシねって約束して、「信用してるからね」って言って二人でタッチしてから始めましたね(笑)。

良い話じゃないですか。

だからそういうことがあったので、緊張しなかったですね。彼女もずっと勝ってなくてお互い苦労して上がってきたので、そんな彼女と試合できたのも嬉しかったですね。

試合が終わったあとに険悪になったりしなかったんですか(笑)。

大丈夫です。終わったあと抱き合って、写真もニコニコの笑顔で撮りましたから(笑)。

いずれは自分で道場を開いて日本一を育てたい

今の自分にとっての最大のライバルは誰ですか?

中学の頃からずっとライバルの、帝京大学の川村菜摘って選手ですね。彼女は5月の関東(関東学生空手道個人選手権大会)を優勝してて、自分は彼女とは直接戦えずにベスト8だったんですね。だから、大学最後の全日本では彼女と直接戦って、勝ってから優勝したいと思ってたんですが、彼女が途中で負けてしまい全日本でも直接対決ができなかったんですよ。でも個人ではないかもしれませんが、団体戦ではまだまだ当たると思うので、お互い主将同士なので主将対決をしっかり制したいなと。

将来的には空手に携わる仕事を希望されているんですか?

後輩達にはコーチになって欲しいって言われてるんですが、大正大学の練習って朝なんですよね。朝6時45分から9時までなので、普通の仕事だと土日しか来れないんですよ。どんな形になるか分かりませんけど、大正大学の全国優勝のお手伝いはしたいなとは思っています。あとはもっと先の話になると思いますが、いずれは自分で道場を開いて日本一を育てたいなって。

最後に空手の良いところを教えてください。

頑張った分だけ結果が返ってくるし、諦めなかったら夢も叶うところですね。

本日はありがとうございました。

野部優美 山田沙羅 メイン画像

月野もあ

野部優美・月野もあ対談

【特別編】月野もあ・逆真空手で黒帯の実力派アイドル!

空手がオリンピック種目に決まり盛り上がっていますが、月野さんは空手の有段者だそうですね。

逆真空手の初段なんですけど、逆真空手はご存知ですか?

オレは極真空手をやっていたんですが、全然知らなかったんですよ。失礼な話「逆真」という響きから、最初はギャグかと思ったんです(笑)。でも調べてみたら山崎照朝師範というか、山崎照朝館長が立ち上げた流派だったんですね。オレらから上の世代からすれば(山崎館長は)スーパースターですよ。

山崎照朝先生には一度だけ直接お会いして、ご指導していただいたことがあるんです。

オレも試合会場で何度かお見かけしたことはありますが、有名な空手漫画『空手バカ一代』(原作:梶原一騎、画:つのだじろう・影丸譲也)に「極真の龍」として登場しているほどの方です。

『空手バカ一代』は私も読みました。

極真空手主催の第1回オープントーナメントで優勝され、キックボクシングにも出場して、そのままキックのプロとして続けていたらすごい選手になるだろうっていわれたくらい、足技が本当に素晴らしい。

すごい方です。

「逆真」がギャグとかトンデモなく失礼な話でした。今の極真空手の強さがあるのは、大山倍達先生という方もすごかったけど、その弟子達もすごくて、その代表的な方が山崎照朝館長だと思うんですよね。

何だか私が嬉しくなっちゃいますね(笑)。

特技が空手といっても、アイドルだから取って付けたものだろうって考えてましたけど、申し訳ない。逆真だったら十分自慢できるレベルですよ。

いえいえ、ありがとうございます。

空手を始めたきっかけは、友達が始めるから

そんな逆真空手を始めたきっかけは何だったんですか?

幼馴染みが始めるというので、弟と一緒に始めたんです。幼馴染みもやるし弟もやるなら「私もやりたい」って。ホントに空手の「か」の字も知らなかったんです。
野部先生が空手を始めたきっかけは何だったんですか?

もともと中学・高校と柔道をやってたんですよ。空手自体は単純にケンカに強くなりたいという動機からで、空手の強さに憧れてたんです。しかも自宅の近くに極真の道場があって、そこに三瓶啓二先生という極真史上初の全日本で三連覇した強い師範もいたんです。そこに入りたくて、何度も柔道部を辞めようと思ったんですね。でも柔道部の顧問の先生がすごく恐い人で、入学初日にぶっ飛ばされてるんですよ。

野部先生はかなりヤンチャだったんですね(笑)。

顧問の先生から入学式前から練習に来いって言われてたんですけど、空手をやりたいから行かなかったんですよ。そして入学式のとき体育館で並んでいたら、その先生が一直線にオレのところに来て、ぶっ飛ばされて。ドスの利いた声で「オマエ、何で練習来ないんだ!」って(笑)。でもその先生のことは大好きなんですよ。強いところに単純に憧れちゃうから。

実際、柔道の成績はどうだったんですか?

1年生の中では二番目に強かったです。でも1年の終わりくらいに顧問の先生に辞めたいと言ったんです。実は毎年春休みに合宿があって、その先生が国士舘大出身だから、合宿は国士舘でやるんですよ。それがイヤでね(笑)。1年生から2人連れて行くっていうから、一番強いヤツとオレが選ばれて、どうせ辞めるならそれも行きたくないじゃないですか。

でも顧問の先生も引き留めたんじゃないですか?

そう。だから、うちは母子家庭だったんだけど、その状況をフルに活かして、春休み中は家を手伝うため仕事をしなくちゃいけないって理由をつけてね。仕事があるのはホントなんだけど、一番の理由は辞めたかったんだよね(笑)。でも柔道を辞めてから、空手をやってるのは誰にも言わなかった。

えっ!?それはどうしてですか?

だってその先生にバレたら殺されるからね(笑)。ウチの兄貴も同じ高校でオレが入学した年に卒業したんだけど、「兄貴、柔道辞めて空手やってるのが、あの先生にバレたらどうなるかな?」って聞いたら「そりゃ、学校辞めるしかないだろうな」って(笑)。同じ道場に通ってる同級生がいたんだけど、学校で会っても口を利かなかった。

あっ、バレないようにですか?

あっちは「何で?」と思っていたとは思うんだけど、高校在学中は学校では一言も話さなかったんじゃないかな。高校卒業してからは仲良くなりましたけどね。

すごい。漫画の世界みたいですね。でも思い切って空手を始めて大正解でしたね。

それこそ飯のタネになってますからね。

そこで空手を習ってなかったら『ランブル・フィスト』は生まれてなかったんですね。

三瓶先生のお陰でここにいるわけだし、空手を始めて良かったなって思いますね。

出会いはすごく大事ですよね。

野部優美

道場はもうひとつの家族のような存在

空手を体験してみてどうでしたか?

テレビとかアニメを見て、「修行」って子供ながら格好良いというイメージがあったので、練習の時間はすごく楽しみにしてましたね。

キツイと思ったことはありましたか?

もちろんキツかったです。だけど私達が道場の一期生でその中でも私が師範の一番弟子というポジションだったから、一緒に作り上げていくという感じで。分からないことばかりでしたけど、仲間がいたので楽しくできました。

立ち上げから一緒に道場を作っていったんですね。

はい。だから辞めたいとは思わなかったですし、愛着も湧いていました。もうひとつの家族のように、みんなで仲良くやっていたので。

道場内って独特な結束力がありますよね。

私と弟と幼馴染み姉弟、それと年上のお兄さんと師範2人から始まったので、結束力はかなり強かったと思います。

そこから徐々に増えていったわけですか?

そうですね。メインは小さい子だったので、あとから入ってきた子達に私が正拳突きを教えてあげたりしていましたね。

空手以前に何かスポーツはやっていましたか?

実は私、運動音痴の極みでして……。当時の運動会のビデオを見ると笑えるくらい走り方がダサくて(笑)。徒競走も遅すぎて後ろに誰もいないから、ビデオで見ると1位に見えるんですよ。あまりに遅すぎるからゴールテープをもう1回張ってもらえて、まるで1位のようにゴールしている写真ばかりで(笑)。運動がまったくダメだったから、ピアノやお絵かきをしてたんですけど、空手を始めてからは持久走もビリにならないくらいの体力が付きました。あと腹筋をやるようになってからは、上体起こしが学年で1位になったりして、私の中でスポーツに対する考え方が大きく変わりました。

空手を始めて自分に自信がついてきたわけですね。

本当にやって良かったと思います。親が一番喜んでいて、空手を始めてからは運動会で恥ずかしい思いをしなくなったって(笑)。

空手は身体のバランスや重心などを良くするから、身体を上手く動かせるようになったんですね。

はい。空手を習わずに運動音痴のままだったら、仮面女子の活動に付いていけなかったと思うんですよね。

中学に上がっても空手は続けていたんですか?

家庭の事情で引っ越すことになってしまい、中学で辞めてしまったんです。引っ越し先でも続けたかったんですけど、逆真空手の道場がなくて……。他の流派ならあったんですが、違う流派への抵抗と今まで習った師範以外に習うのはヤダなって気持ちがあったので、引っ越してからは空手から疎遠になってしまったんです。でも家にミットなどの練習道具はあったので、お父さんがミットを持ってくれて、弟と一緒にミット打ちはやってました。

弟さんも空手を辞めてしまったんですか?

はい。同じ時期に辞めてしまいました。今思えば勿体なかったなって思います。どんな形であれ続けていればって。

「逆真」ならではの、変わった稽古はありましたか?

今になって思うと、ボーリングの球を使った練習が変わってましたね。

ボーリングですか?

師範がボーリングの球を持って来て、腹筋に落とすんです(笑)。初めは10センチくらいの高さからなんですが、ボーリングの球なんて持ったことがなかったけど見た目で重そうなのは分かるので、メッチャ恐かったですね。それから徐々に高くしていって、空手の練習ってこんなことまでやるんだ、格好いいなって思ってました。それを当たり前のように受けてましたけど、後々になって周りに聞いたら「普通はやらないよ」って言われて(笑)。

練習以外で、走ったり筋トレなどはしていたんですか?

筋トレはやってましたね。それとは別に中学に入ってからは、ジムに通ってました。師範がスポーツジムも開いていたので、部活が終わったあと、幼馴染みの子と一緒にジムに行ってました。

部活は空手をやっていたんですか?

吹奏楽部です。幼馴染みの子も一緒だったので、部活が終わったら2人でジムにいって、ミット打ちやスパーリングをして帰るって感じでしたね。

ちなみに部活での担当楽器は何だったんですか?

フルートです。

フルートを吹いたあとに、スパーリングをやっていたと?

はい(笑)。でも吹奏楽部でかなり腹筋を使うんですよ。腹筋は鍛えてナンボなんで、ボーリングの稽古が役に立ちましたね。

空手の試合などはあったんですか?

師範が私の地域だけでなく、他の地域でも教えていたので、各地域から代表者が集まって戦うという形の試合はありましたね。だいぶ昔のことなので記憶があいまいですけど(笑)。試合の上位者はメダルがいただけるんですが、メダル授与のときに山崎先生が来て下さったこともありました。

得意技はあったんですか?

上段回し蹴りです。スタミナ不足だったので長期戦になって判定審査になっちゃうと、勝てないんですよ。とくに男の子が相手だとすぐにスタミナ切れを起こしちゃうし。だから試合をするときは開始の合図が出たらすぐに相手の頭を取りにいってましたね。身体が人より柔らかかったので、人より上がる上段回し蹴りで、相手の顔を狙って一本取ることだけを極めようと思って。

試合の組み立てを自分なりにシミュレーションしてたんですね。

はい。苦手な部分をカバーするのは、やっぱり得意なところだなって思っていたので。師範からも私の上段回し蹴りは綺麗だと言われていたので、そこだけは極めたいなと。

月野

教員免許を持って空手もできるアイドル

現在、仮面女子というアイドルグループに所属されていますが、元々アイドルになるのが夢だったんですか?

大学では教育学を専攻して、人に教えることが好きだったので先生になろうとしてたんです。でももうひとつ夢があって、実は声優になりかったんですよ(笑)。教員免許を取りつつも、声優オーディションを何度か受けたんですが全部ダメで。でも何度目かのオーディションのときに最終選考まで残ることができて、ステージの上で歌とダンスを踊ったとき「あっ、アイドルの道も楽しいかも」って思って。

アイドルを目指したのが大学生だと、スタートは結構遅めですよね?

そうなんですよ。「やりたい!」って思ってから行動するタイプなので、大学2年のときに教育実習をやりながら、アイドルをやっていました。先生をやりながらアイドルという、不思議な二足のわらじ生活でしたね(笑)。

アイドルになることはご両親は許してくれたんですか?

はい。親は賛成してくれたし教員免許も取れたので、今年の4月からはアイドル1本でやらせてもらってます。

仮面女子との出会いは、どういうきっかけだったんですか?

格好良いものが好きだったので、歌って踊る以外にも格好良さを求めたときに、仮面女子がすべて当てはまったんですね。アイドルアイドルしてないというか、迫力とかライブパフォーマンスを見たときに圧倒されたので、仮面女子を選びました。

空手や吹奏楽など、今まで点であった部分が繋がって仮面女子にたどり着いた感じですよね。

そうですね。空手や吹奏楽など、私が今まで積み重ねてきたものが仮面女子に活かされているので、そういう意味では仮面女子になるためにやってきたのかも知れませんね。でも、アイドルと空手という組み合わせって、ちょっと変わってますよね(笑)。

でもその個性が評価され、空手雑誌の『JKFan』でも仕事をするようになったわけですしね。

演技が出来てもアクションが出来ない人は結構いるんです。だから歌って踊れて、さらに演技とアクションが出来るアイドルになれればと(笑)。

目指すは空手の魅力を伝える国民的地下アイドル!

今後の展望などはありますか?

仮面女子としては「国民的地下アイドル」になることを掲げていまして、誰もが仮面女子のことを知っているようになりたいので、メンバーそれぞれが幅広く活動してます。私も特技である空手を活かして、もっとたくさんの人に空手のことを知ってもらって、それと同時に私達もアイドルとして活躍して行けたらいいなと思います。

東京オリンピックとの相乗効果で空手が盛り上がるといいですね。

空手がオリンピック種目になったことがホント嬉しくて、空手をもう一度鍛え直してるんです。そしてオリンピックの方は伝統空手に近い寸止めのルールになると聞いたので、伝統空手のことも勉強中です。オリンピックを見て楽しむには、やはり自分で理解しないといけないと思うので。判定審査もポイント制になるので「あれ?これは勝ちなの?負けなの?」ってモヤッとするのはイヤなんですよ。だからある程度は分かるようになりたいですね。

そこは伝統空手というか、競技空手の課題ですね。ポイント制は一般の人には分かりにくいですから。空手だけに限ったことでなく剣道などもそうですけど、専門の人が見て「入った!」って部分は0コンマ何秒の世界なので、見る方の目も要求される競技かもしれませんね。

やっぱり空手が好きって言っている以上は、判定もある程度説明できるくらいの知識は付けておきたいと思って勉強しています。空手は怖いスポーツだと思われがちなんですけど、オリンピックを通して空手が礼儀正しく、格好良いスポーツだということが多くの人に知ってもらえるんじゃないかなって思います。

流派に関わらず空手をやる人に「空手の魅力」を聞くと、礼儀作法や精神鍛錬などに重きを置かれている方が多いですね。「礼に始まり、礼に終わる」という様式美は日本人のDNAに引っかかる部分がありますよ。勝って喜ぶのは良いことですが、キチンと礼で終わるというのは美しい姿だなって思いますよね。

種目によっては観客からブーイングが起こることもありますけど、空手ではないですね。

一昔前まで外国人選手は勝ったときにすぐに大喜びしてましたが、今は精神文化がかなり伝わっていて、外国人選手も試合が終わって騒ぐ人は減ってきました。勝っても負けても相手を称えるようになってきてますね。また、外国人選手と話をする機会があったんですけど、日本人並みの礼儀作法を心得ていて驚きました。

日本人より日本人らしいってことありますよね。

空手をやるならそこは一番覚えて欲しいところなんですけど、ここまで日本人以上に空手の精神を極められると、日本人が勝てるのかなって不安もあったり……(笑)。空手は日本のお家芸なので、日本が誇る武道として頑張って欲しいですね。

そうですね。

すごく究極の話をするなら、世界平和の鍵は武道だと思ってるんですよ。武道の精神が世界に伝われば、争いごとが取るに足らないことになると思うんです。

でもその通りだと思いますよ。相手のことを考えて、思いやる精神があれば必ず平和につながりますから。それを世界に広める役目が空手だと、なお良いですよね。

本当にそう思います。本日はありがとうございました。

野部優美 月野もあ メイン画像
ランブル・フィストコミックス情報